瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

地理

畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(11)

・プカルア滞在期間について(3) さて、畑中氏がプカルアで1964年を迎えたことは「Ⅵ 太陽はプカルアをめぐる」の30節め、164頁16行め~166頁15行め「去っていく/一九六三年」から章末の34節め、170頁2行め~172頁1行め「正月の酔/っぱらい」に描写されて…

畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(10)

・北杜夫『南太平洋ひるね旅』との関連(4) 北氏がタヒチ島で、日本人移民の紺野老人の引合せで畑中氏に初めて会ったときには、2020年10月31日付「赤いマント(293)」に見たように、大阪市立大学助教授のT氏が同行していました。その翌日、北氏は帰国の…

畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(09)

前回引用した「金沢大学文学部論集―行動科学科篇―」第3号(昭和58年3月25日・金沢大学文学部)17~44頁、畑中幸子「東ツアモツ群島における文化の実態」について、もう少し見て置きましょう。――畑中氏は『南太平洋の環礁にて』以外に、南太平洋に関する著書…

畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(08)

・北杜夫『南太平洋ひるね旅』との関連(3) 4月19日付(05)の続き。――ブラジルの日本語日刊新聞「ニッケイ新聞」のサイト「ニッケイ新聞WEB」の2007年6月27日付「作家・北杜夫さんと独占インタビュー=ブラジル日本移民を書いた長編小説『輝ける碧き空の…

畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(7)

・プカルア滞在期間について(2) 昨日の続き。一昨日、4月19日付(5)の最後に「明後日」見て置こうと予告した件についても、少し触れております。 昨日見た「Ⅱ」章の11節め、36頁7行め~37頁6行め「着く日を/考えない」に、畑中氏の乗船したスクーナー…

畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(6)

・プカルア滞在期間について(1) 昭和36年(1961)12月にタヒチを訪れた北杜夫に、プカルアに渡る前の畑中氏は会っていて、そこで北氏に話した今後の計画について、2020年12月5日付(4)に、1~22頁「Ⅰ ポリネシア人を探しに行く/――フランス領ポリネシア…

畑中幸子『南太平洋の環礁にて』(5)

・北杜夫『南太平洋ひるね旅』との関連(2) 『南太平洋ひるね旅』との関連と題して見ましたが、一応関連はしますが『南太平洋ひるね旅』に書かれなかったことの確認です。――既に2020年12月5日付(4)の段階で書くことは決まっていて、引用すべき箇所の見…

赤いマント(322)

・朝倉喬司『毒婦伝』(3) 昨日の見た「阿部定」の章の能美金之助『江戸ッ子百話』に依拠した箇所の、続きを見て置きましょう。282頁17行め~283頁13行め、 定の事件の約三年後の昭和十四年ごろ、東京に、少年少女を襲って生血を吸う「赤マント」出現の/…

赤いマント(321)

・朝倉喬司『毒婦伝』(2) 昨日の続き。 装幀その他は文庫版と比較する機会を得て記述することとしましょう。 取り上げられている毒婦は次の3人です。 ・5~127頁「高橋お伝」 ・129~245頁「花井お梅」 ・247~377頁「阿部定」 小沢信男 編『犯罪百話 昭…

杉村恒『明治を伝えた手』(1)

・単行本(昭和44年6月15日 第1刷発行・定価650円・朝日新聞社・202頁・A5判上製本明治を伝えた手 (1969年)作者:杉村 恒メディア: - 杉村恒(1926~1991)については、平成初年に歿した人の常として、ネット上にはあまり情報がない。図書館に行って『著作…

水島新司『ドカベン』(60)

・実写映画の「朝日奈書店」は雑司が谷の高田書店 2019年3月12日付「斎藤澪『この子の七つのお祝いに』(1)」以来 Amazon Prime には入ったままなのだが、近頃はなかなか見る余裕がない。復讐するは我にあり デジタルリマスター版 [DVD]発売日: 2004/03/25…

小沢昭一『わた史発掘』(4)

・蒲田区道塚町への転居 『わた史発掘』の「その十二 道塚篇」の4節め、①単行本182~183頁2行め②文春文庫版194頁14行め~195頁15行め③岩波現代文庫版205頁12行め~206頁17行め「道塚の想い出は暗い」に、①182頁14~17行め・改行位置「/」②195頁8~11行め・…

赤いマント(317)

・小沢昭一の赤マント(2) それでは、昨日の続きで4月4日付「小沢昭一『裏みちの花』(1)」に取り上げた『裏みちの花』にも見える「赤マント」への言及を見て置こう。 2章め「想い出の歌」の扉(頁付なし)をめくって1篇め「新開地育ち」。 《1》『裏み…

古墳墓の怪(1)

・女七塚の祟り(1) 小沢昭一『わた史発掘 戦争を知っている子供たち』に古い墳墓の祟りの話が載っていた。しかしこの話は世に知られていないらしく、少々内輪めくが古い話でもあるので、紹介して置こうと思ったのである。 『わた史発掘』の諸本は3月25日…

津留宏『一少女の成長』(5)

昨日の続きで第一章「一事例研究の試み」の「●3/登喜子の輪郭」から、資料提供者についての情報を抜いて置こう。 この節は、冒頭、25頁3~4行め、 私は登喜子の成長史をたどる前に、一応彼女の経歴、家庭状況、身体発育、学業成績等の全体/的概観を述べて…

奥野健男『北杜夫の文学世界』(6)

昨日に続いて、奥野健男『北杜夫の文学世界』から当ブログの記事の参考になりそうな箇所を見て置きましょう。 2020年11月1日付「赤いマント(294)」に、ブラジルの日本語日刊新聞「ニッケイ新聞」のサイト「ニッケイ新聞WEB」の2007年6月27日付「作家・北杜…

赤いマント(314)

昨日まで『北杜夫の文学世界』について検討したのは、対談での、赤マントについての発言と、次回取り上げるタヒチの日本人についての発言を、使いたいと思ったからである。 すなわち、巻頭に収録される「原っぱの文学」に添えられた、〝しゃべり下し〟対談に…

能美金之助『江戸ッ子百話』(8)

昨日の続きで、鶴見俊輔『不定形の思想』所収「小さな雑誌」一九六一年八月条について、本書『上』と対照させながら、内容を確認して置こう。 鶴見氏はさらに2話、夏にちなんだ話題を取り上げている。 すなわち、254頁上段~下段6行めに(第二十四話、「江戸っ…

能美金之助『江戸ッ子百話』(7)

一昨日からの続きで、鶴見俊輔『不定形の思想』所収「小さな雑誌」一九六一年八月条について、本書『上』と対照させながら、内容を確認して置こう。 次いで、253頁下段6~11行め、 この実話をよむと、ふだん電車の窓から見ていておぼえ/ている景色に、おく…

能美金之助『江戸ッ子百話』(6)

昨日の続きで、鶴見俊輔『不定形の思想』所収「小さな雑誌」、初出は中央公論社から刊行されていた第四次「思想の科学」の「日本の地下水」、一九六一年八月条について、本書『上』の鶴見俊輔「『江戸ッ子百話』の読者として」などと対照させながら、内容を…

ビートたけし『たけしくん、ハイ!』(27)

・銀河テレビ小説「たけしくんハイ!」シナリオとの異同(20) 昨日の続き。 ・第8回(1)英一郎④ 古田(綾田俊樹)の持って来た話で、西野一家はすっかり金持ちになれる希望に浮かされるのだが、そんな家族を余所に、英一郎(趙方豪)は家を出て下宿する…

北杜夫『マンボウ酔族館』(3)

『マンボウ酔族館 パートⅥ』55番め「雨の音から」、昨日引用した箇所の続きを見て置きましょう。286頁11行め~287頁9行め、 ところが東サモアに来て、恐るべき豪雨を味わった。ここはサマセット・モームが名短篇/「雨」を書いたように、まさしく雨の本場なの…

北杜夫『マンボウ酔族館』(2)

昨日の続き。 北氏が「週刊小説」連載のエッセイ「マンボウ酔族館」に南太平洋旅行の回想「ゴーガンの息子」を書こうと思ったのは、平成10年(1998)夏、2つ前(『マンボウ酔族館 パートⅥ』280~284頁)54番め「ふしぎな縁」によれば、夫人が首を痛めてギプ…

北杜夫『マンボウ酔族館』(1)

昨日の続きで、12月13日付「北杜夫『マンボウ響躁曲』(06)」の最後に予告した、渥美清たち所謂「山田組」のタヒチ旅行について述べた北杜夫の「別の著述」について、確認して置きましょう。 ・北杜夫『マンボウ酔族館 パートⅥ』1999年5月25日初版第1刷・…

北杜夫『マンボウ響躁曲』(09)

・渥美清のタヒチ旅行(4) この辺り、北杜夫「マンボウ南太平洋をゆく」を見るに、10月31日付「赤いマント(293)」に抜いた『マンボウ響躁曲』単行本236頁18行め~236頁2行め、昭和51年(1976)4月11日の朝7時半に「空港」すなわちファアア国際空港に着い…

北杜夫『マンボウ響躁曲』(8)

12月14日付(7)の続き。――書庫から出してもらって借りていた倍賞千恵子『お兄ちゃん』の返却期限が来たため、一旦返却して日を改めてまた借りようと思っていました。手許になくても続けて15日に投稿するつもりで粗方準備を済ませ、念のため必要と思われる…

赤いマント(311)

・宮田登の赤マント(8)阿部定と赤マント④ 昨日の続きで、12月22日付(309)の引用について補足。 〔B〕では「都市の語り出す」女性の怪異の「物語」と云う構図を崩して、「都市生活者の心意」と云う節に組み込み、赤マントが実は「フォークロアの系譜」…

赤いマント(308)

・宮田登の赤マント(5)阿部定と赤マント① さて、2つの「阿部定と赤マント」――「都市の語り出す物語」(『江戸東京を読む』二八四頁14行め~二八六頁3行め=『都市の民俗学』61頁13行め~63頁5行め)と『歴史と民俗のあいだ』186頁2~189頁2行め、について…

赤いマント(305)

・宮田登の赤マント(2)江戸東京フォーラム② 中々宮田氏の赤マントに関する記述に及びませんが、私はいつ、どのような機会に、何を材料にして発言(もしくは記述)しているのか、確認しないことには研究資料として使うのに躊躇を覚えるタチなので、――余り…

赤いマント(304)

昨日の続きで、大宅壮一の評論「「赤マント」社會學」に言及している民俗学者について見て置きましょう。2人めですが順序からするとこちらを先に取り上げるべきでした。 * * * * * * * * * *・宮田登の赤マント(1)江戸東京フォーラム① 私は妖怪に…