瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

東京RADIO CLUB「東京ミステリー」(09)

 一昨日(及び昨日)の続きで、TBSラジオ東京RADIO CLUB 編『東京ミステリーとっておきの怖い話』二見WAi WAi文庫)について、最後の章からまづ1話、最後を取り上げて見る。
・第六章 語りつがれてきた戦慄の怪奇譚(1)
 「目次」の10頁1~11行め、章題に続いてやはり10題。
 203頁(頁付なし)がこの章の扉。「語りつがれてきた」とあるように、何処の誰の体験とも知れない、何処かで聞いたことのあるような話が7話、本人の体験談と云うことになっているのは1話だけ、他に友人の体験談と云うことになっているもののやはり何処かで聞いたことのある*1話が1話、そしてもう1話は友人の通っている御稽古事の教室で先生が体験したこととしながら現実には絶対にあり得ない話なのである。この、知合いの話2話は、ともにそのまた友人や同じ教室の生徒だった人が行方不明になっている、と云うオチなのだけれども、今だったら個人が端末で写真を持ち歩いているから、行方不明になった子がいるなんて話をされても、写真を見せろ、と突っ込めば良さそうである。しかし当時は、2017年10月16日付「手塚治虫『ブラック・ジャック』(8)」に述べたように写真が手軽ではなかった。カメラは掌サイズの小型のものが増えて「写ルンです」のようなものまで出ていたが、それでも構えて撮るのだから原則として断って撮っていた。だから余程写真好きの友人でもいない限り、旅行や行事など改まった場でしか写真は撮らなかったと思う*2。隠し撮り用のカメラもあったろうとは思うが、仮にそんなもので撮ったとしても現像に出して*3、そこで妙な写真は弾かれてしまう可能性が高い。だからそこをスルー出来る写真部員が、それだけで何だか如何わしく思われていたのである。――今や、誰もが不適切動画を上げられるようになってしまったのだけれども。
【60】見たな……―――H・Aさん(十七歳) 238~242頁
 題を見ただけで「あの話だな」と察せられるが、その通り「あの話」なのである。だから注目すべきは設定と云うことになろう。
 冒頭、238頁2~6行め、

 ある大学に男子寮と女子寮がありました。手前が男子寮、そしてその五百メートルほど/先に女子寮があり、そのままずっと先に進むと山があって、そこには墓地があります。
 その寮に住むH君は、ある日を境に学校に行かなくなってしまいました。おなじ部屋の/J君が心配して、何度も「学校へ行こう」と誘うのに、H君は布団に潜りこんだまま返事/もしません。


 これがただの引籠りではなかった訳なのだけれども、「ある日」に至るまでに何があったのかは、この先を読んでも説明されない。なお、当時はまだ引籠りとは云わずに不登校と云っていた。
 「ある晩」J君は「物音に気づいて目ざめ」「H君が部屋を出ていくのを見てしま」った「が、〈トイレにでも行ったのかな?〉と、そのまま眠ってしま」う。「ところが」それが毎日である。その説明に「つぎの日」が4日出て来るから「さすがに気になったJ君」が「思いきって聞いてみ」たのは6日めの朝と云うことになろう。「別に……」と答える「H君の顔は、まるで何かにとりつかれたように真っ青で、妖気すら漂」わせている様子に「J君は自分の額から脂汗がにじみ、寒気が走るのを感じ」る。
 「その晩」「どうしても納得できないJ君は」「H君のあとをつけ」ると「H君は、脇目もふらず、女子寮のほうに向かって歩いてい」く。ここで「女子寮」の存在が説明されていた理由が分かる。〈なんだ、女に会いにいくのか……〉と一時的に安心させるために。もちろん「女子寮を通りすぎ」てしまうのだが、J君はまだ〈へんだなあ。向こうには墓しかねぇのに……。墓場でデートなんて変わっているよな〉と、最初の思い付きに引き摺られていて、墓地に入って「急に雲が出てあたり」が「暗くな」っても〈くそっ、これからが本番なのに、Hが見えねぇよ〉などと思っているのだ。このHは「H君」のHなのだろうけれども、行為を指すHのようでもあり、ややこしい。或いはそこを狙ってHと云うイニシャルにしたのだとすれば、なかなかのセンスである。
 ところが「墓石を動かしているような音が聴こえはじめ」たかと思うと「今度は」「何かをなめるような音が聞こえて」くる。前者は「ゴォ……、ゴォ……」、後者は「ジュル……ジュルルル……」と云う擬音である。そしてお定まりのシーン、240頁4~10行め、

 その瞬間、月の光がH君の姿を露わにしました。なんと、H君は墓を暴いて、なかの骨/をしゃぶっていたのです。
 それを見たJ君は顔をひきつらせ、その場から逃げようとしました。そして一歩足を踏/み出したとき、足もとの枯れ草が「ガサッ」と音をたててしまいました。H君はビクッと/肩を震わせると、ゆっくり振り向き、J君に向かって、
「見たな……」
といったその声は、とてもこの世のものではありません。‥‥


 241頁の挿絵は闇夜に黒い墓石や卒塔婆が並び、右下に目を剝いて右手につかんだ骨を、しゃぶると云うより噛んでいる男の顔が、月光を浴びて妙にテカッたような按配で描かれる。
 さて、「死にもの狂いで寮に走」って戻ったJ君は「自分の部屋に鍵をかけると、頭から布団をかぶってブルブル震えつづけ」る。「夜が明け、H君が戻ってくる気配もな」いので「ほっとしたJ君は」事情を説明するため「寮長の部屋を訪ねることにし」て、「その前にトイレに行」く。そこで結末、240頁14行め~242頁2行め、

 ・・‥。そして、トイレのド/アを開けたとたん、
「ギャー」【240】
 J君の悲鳴が寮じゅうに響き渡りました。
 あのH君が、かっと目を見開いたまま、トイレのなかで首を吊って死んでいたのです。

となっている。
 さて、この手の話については2011年8月21日付「明治期の学校の怪談(5)」にて検討したことがある。但し細かい比較検討には及んでいないので、一度「骨しゃぶり」の理由や、結末がこの話のように自殺か、或いは行方不明か、そしてその直前に寮に戻って来た同部屋の者に再度驚かされる場面があるかないか、などについても、一通り見て置きたいと思っている。(以下続稿)

*1:私は聞いたことはないので、あちこちで読んだことがある、とすべきなのだけれども。

*2:私は写真が嫌いで、そのせいか写真写りも酷く悪く、気を付けても目つきや口元がおかしくなってしまうので(しかしそれで写真写りの練習をしようとは思わない)余程強く言われない限り写真には写らなかったから、普段どの程度写真を撮られるような機会があったのだか、よく分からないと云った方が良いのだけれども。

*3:そんなカメラのフィルムは普通には現像出来ないか?