瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

阿知波五郎「墓」(12)

 昨日の続きで、ちくま文庫『絶望図書館――立ち直れそうもないとき、心に寄り添ってくれる12の物語344~346頁「[閉鎖書庫 番外編]/入れられなかった幻の絶望短編」の、かなり詳細に及ぶ情報募集告知について、検討して見よう。
 まづ冒頭、344頁4~13行め、

 このアンソロジーに収録したくて、いろいろさがしたのですが、ついに見つけられ/なかった短編があります。
 昔どこかで読んで、とても心に残っている物語です。
 トラウマのように、心に焼きついてしまった作品と言ってもいいかもしれません。
 でも、タイトルも著者名もおぼえていないのです。
 ミステリーに分類されていたと思います、著者は日本時のミステリー作家で、たし/か医師でもあったと思います。医師が本業のため、作品数の少ない人だったと。
 載っていそうな本をずいぶんさがしたのですが、見つかりませんでした。
 ツイッターでも「知っている人いませんか?」と呼びかけてみましたが、わかりま/せんでした。【344】

とあって、その頭木弘樹 @kafka_kashiragi の2014年7月30日20:29 の tweet での、

もし作品名や著者名をご存じの方がいたら教えてください!日本の昔の推理作家の短編です。‥‥

との呼び掛けが、6年近くを経て、5月22日に当ブログに繋がったのである。尤も、2014年の時点では私も「墓」を読んでいなかったし、2017年の時点では(記事にはしていたけれども)twitter をやっておらず、チェックもしていなかったので、やはりそこを繋ぐ岡目八目の視点が必要なのである。
 さて、阿知波五郎「墓」が収録されている単行本と云うと鮎川哲也『こんな探偵小説が読みたい』しかなかったので、頭木氏が読んだのは『こんな探偵小説が読みたい』で間違いないと思う。その阿知波氏が紹介されている章は、2016年10月4日付(01)に述べたような構成になっている。
 これまで『こんな探偵小説が読みたい』は、大抵『幻の探偵作家を求めて』とセットで、6月4日付「図書館派の生活(8)」に断腸の思い(!)でしばしの訣別を表明(?)したC区立図書館で借りていたのだが、今月から開館再開した職場近くの図書館にも所蔵していることが分かったので、昨日予約を入れて今日の帰りに借りて帰った。
 鮎川氏の尋訪記からは、阿知波氏が忙しい内科・小児科の開業医で、その傍ら医史学研究家としての業績も評価されたと云う、409頁4~5行め「深い学識と責任感のつよさ、それに誠実な人/柄」が伝わって来るのだけれども、阿知波氏の著述活動の全体像が見えて来ないのである。もちろん探偵小説が何作あって、いつ頃執筆していたのかも、本文からは良く分からない。409頁6~16行めの長女・西川祐子(1937.9.15生)の証言に、

「軍隊にいたときの父は、傷病兵のための義手や義足の研究をしていたのじゃないかと思います。そ/れについての原稿がやはり未整理のまま残されているんです。父にとって生涯のテーマは、病気と戦/争と史学であったのでしょう。父は、平素は思い出したくないことを思い出したための心のたかぶり/を鎮めようとして、深夜に探偵小説を書いたり読んだりしていたのではないかと思うんです。たぶん、/夜中にひとりで自分の心を治療していたんじゃないかな、と。父ばかりでなく、戦場で血みどろなも/のを見て来た人々が、いきなり平和な祖国に接したとき、夜中にうなされるようなことがあったので/はないでしょうか。だから父が『幻想肢』のなかに、見たこともないバレリーナを登場させたのは、/一生懸命に取り組んで一編の小説を書き上げる、その作業が大事だったんでしょうし、十年たって書/かなくなったのは、もしかすると心の治療が済んだということじゃないのかなあと思うんです。治療/が済んだのではないでしょうけど、それだけ時間をかけて、多少なりとも傷口の痛みを癒やせたので/がないかと……」【409】

とあるのだが、この「十年」がいつからいつまでか、大体の見当は付くが、ぼんやりしている*1。それから、尋訪記には重複も含めて、404頁3行め「幻想肢」「ジャパン・テリブル!」「墓」5・7行め・405頁7行め「墓」407頁5行め「和蘭陀馬*2」408頁2行め「小さい話」15行め「幻想肢」「墓」「往生ばなし」409頁12行め「幻想肢」の、6作品が挙がるが、結局どのくらいの作品を書いたのかも分からない。――雑誌掲載時には別に(恐らく山前譲編の)著作目録が載っていたと思われるのだが、単行本収録に際してこれを省いたために、このような隔靴掻痒な按配になってしまったのではないかと思われるのである*3。(以下続稿)

*1:この辺り406頁5行め~407頁11行めの西川氏の証言とその解説、それから尋訪記の末尾(413頁5~11行め)に掲げてある良子未亡人による略歴と対照させつつ、国立国会図書館サーチ等、OPAC類も活用して、別の記事として確認して置くべきかも知れない。

*2:ルビ「オランダうま」。

*3:6月14日追記】随筆も含めた作品数は、2016年10月5日付(02)に引いた鮎川哲也『幻の探偵作家を求めて』の「蟻浪五郎」の章の「追記」に、「半ダース前後」とある。結局幾つだったのだろうか。