昨日の続き。
・遠田勝『〈転生〉する物語』(11)「一」8節め①
続く34頁12行め~38頁9行め、8節め「「雪女」と偽アイヌ伝説」にて、遠田氏は青木氏が既に『アイヌの傳説と其情話』にて2話も、ハーンの「雪女」の翻案を行っていた、と指摘する。
青木氏のアイヌ伝説捏造は、2019年10月20日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(135)」にも触れたように、かなり以前からの疑惑であった。特に「恋マリモ伝説」捏造疑惑が注目されて来たのだが、実は、遠田氏が初めてこの疑惑を否定していた(!)のである。この問題は「一」10節めで論じられているので、後日取り上げることになるであろう。そこでここでは代わりに、と云う訳ではないが、最近、スマホゲームに絡んでちょっと話題になっていた事例を見て置きたい。
すなわち、青木氏が『アイヌの傳説と其情話』で捏造したアイヌ伝説「大蛇を殺した娘」を、小樽の郷土史家・橋本尭尚(1864~1935)が書き換えて(?)主人公にシトナイと云う名前を与えたのが一般化し、それがスマホRPG「Fate/Grand Order(FGO)」に登場するサーヴァント「シトナイ」にまでなっている、――捏造キャラクターをアイヌの伝承に基づくキャラクターとして登場させて良いのか、と云う話に、一部でなっているらしい。
らしい、と云うのは、私は中学高校時代、ゲームブックとごく初期のコンピュータゲームのRPGで遊んだことはあるけれども、以後、全く接する機会がなく、現在のRPGがどんなものだか全く見当が付かないからである。スマホも持っていないからスマホゲームもやったことがない。だから「FGO」については、既に何人かの先達が問題にしているところではあるし、私が付焼刃の知識で触れるのはこのくらいにして置こう*1。
この「大蛇を殺した娘」が定着した経緯については、簡明に纏めた山科清春のブログ「違星北斗研究会」の2020年6月3日「《時系列でたどるシトナイ伝説》」を挙げて置く。
シトナイ伝説が干宝『捜神記』巻十九ノ1、原題はないが「李寄斬蛇」と称されている話に酷似していることは、2018年7月25日(推定)にHN「雷」への返信の形で何者か*2が指摘したようだ。しかしこの tweet は削除されており、確認出来ない。「雷」は更に、シトナイ伝説の variation のうち「李寄斬蛇」に近いのは青木純二『アイヌの傳説と其情話』に載る「大蛇を殺した娘」であることを2018年10月28日に指摘している。「雷」は China の説話がアイヌに伝わり土着した可能性を考えていたようだが、HN「ヤオ」によって2018年11月1日に、「大蛇を殺した娘」は松井等『伝説之支那』(大正十一年九月廿七日印刷・大正十一年九月三十日發行・定價金參圓・楠林書店・3+6+336頁)の7話め、21~24頁「妖蛇」を引き写したものであることが明らかにされた*3。松井氏の典拠は「目次」1頁8行めによれば「同(=捜神記)」、すなわち『捜神記』の「李寄斬蛇」である。
なお「雷」と山科清春は、「林檎の花の精」と「ローソク岩と兜岩」が、違星北斗(1901~1929.1.26)の童話として鍛治照三『あけゆく後方羊蹄』に収録されていることで、青木氏との先後関係に迷っている様子であったが、後者の典拠(?)が『海の伝説と情話』の小阪光助「恵まれた銀の鰊」であることが本年6月26日に「ヤオ」によって確認されたので、ほぼ決着したと云って良いのではないか*4。
Twitter 上ではそれより以前、2017年4月6日にHN「TOKIO1879」が知里幸恵『アイヌ神謠集』から6話、改題して採っていることを指摘していた。
青木純二『アイヌの伝説』(大15)同内容の『アイヌの伝説と其情話』(大13)は国会図書館デジタルコレクションで閲覧可。伝説と創作が入り混じる。海の神と鯨、死んだ蛙、六つの地獄、赤い赤い砂、獺の悪戯、沼貝の殻、は知里幸恵『アイヌ神謡集』(大12)と表題は違うが同内容で話順まで同じ。 pic.twitter.com/vSXrTaJk1E
— TOKIO1879 (@O11202369) 2017年4月6日
続く「TOKIO1879」の2017年4月6日12:33の tweetにて、以下のように対応関係が示されている*5。
『アイヌの伝説』 | - | 『アイヌ神謡集』 |
海の神と鯨 | ー | 海の神が自ら歌った謡 |
死んだ蛙 | ー | 蛙が自らを歌った謡 |
六つの地獄 | ー | 小オキキリムイが自ら歌った謡「クツニサ クトンクトン」 |
赤い赤い砂 | ー | 〃「この砂赤い赤い」 |
獺の悪戯 | ー | 獺(かわうそ)が自ら歌った謡 |
沼貝の殻 | ー | 沼貝が自ら歌った謡 |
これらは、捏造ではなく、典拠を示さずに流用した、と云うことになりそうである*6。
さて、遠田氏に拠る、ラフカディオ・ハーン「雪女」の翻案の指摘は、これらよりも早い。しかし残念ながら殆ど参照されていないようだ。
そこで、この節については少々詳しく見て置くこととしよう。(以下続稿)
*1:2020年8月16日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(157)」に「アイヌの伝説や、それが話題になっている事情などには私は余り興味がないので、そちらの方は‥‥お任せして、」と述べた。アイヌ伝説や FGO が良く分かっていないのは当時と変わりないが、全く触れない訳にも行かぬので、伝説の方だけ少々触れることにした。
*2:HN「黒扇娘娘的信使」らしい。
*3:【8月29日追記】「ヤオ」に拠る追究の過程は2020年5月23日に「シトナイの原典について」として纏められている。
*4:『海の伝説と情話』については後述(本書の10節め)。国立国会図書館デジタルコレクションのインターネット公開になっていないので未見、よってほぼそのままの流用なのか、改変があるのか、と云ったことは未確認。
*5:投稿当初、ここに当該 tweet を貼付していたが、表示に時間が掛かるので文字の引用に変えた。
*6:【9月4日追記】青木氏本人は9月3日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(174)」に引いた、上田満男『わたしの北海道』の取材に「‥‥。旭川・近文のアイヌ古老から話を聞いたり、‥‥」と答えている。