瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

飯盒池(5)

松谷みよ子『現代民話考Ⅱ 軍隊』(1)
 これまで、丸山政也・一銀海生『長野の怖い話 亡霊たちは善光寺に現るの見出しでこの話について述べて来ましたけれども、ここで原話の載る松谷みよ子『現代民話考Ⅱ 軍隊』(以下「本書」)をメインにして述べて行くこととしたいと思います。
 この話の背景は、本書に載る類話とともに検討することで見当が付けられると思うからです。
 すなわち、単行本では341~381頁14行め「十、軍隊生活の怪談」、文庫版では384~433頁「十 軍隊生活の怪談」の節、14項に分類されている1項め、単行本341~345頁7行め・文庫版384~387頁14行め「銃を返せ、袴をくれえ*1」に、この話は分類されているのですが、見出しにあるように、自殺した兵士のなくしたものは飯盒に限らず、銃や、㮶杖(さくじょう)、そして袴(こ)です。
 ところで『現代民話考』の単行本と文庫版では、収録される話に増減があることを2011年1月23日付「「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(08)」に指摘しました*2が、この項では単行本には9話載っているのに、文庫版では6話に減っていることが注意されます。――『現代民話考』を使用する際、単行本と文庫版の双方を参照する必要があることには注意して置くべきでしょう。
 次に各話冒頭に示される場所、話が行われていた時期、幽霊が出没する場所と訴える内容、そして話者、回答者、そして収録場所(頁・行)を抜いて置きましょう。3月23日付(3)【A】に触れたような体裁の変更はありますが、本文に改変はありません。また、仮に整理番号を附して置きました。
〔1〕○栃木県宇都宮市。本文。終戦間もない頃 古井戸「は~ん~ご~お~う ……」 回答者・斎藤由美(神奈川県在住)
   単行本341頁3行め~342頁1・3~4行め、文庫版384頁3行め~385頁2・4~5行め
〔2〕○東京都(港区)。昭和十六年。池「さくじょう、さくじょうー」 回答者・矢崎新二(東京都在住)
   単行本342頁5~9行め、文庫版385頁6~10行め
〔3〕○長野県白根山。池「ハンゴーハンゴー」 回答者・松谷みよ子(東京都在住)
   単行本342頁10~13行め、文庫版385頁11~14行め
〔4〕岐阜県*3甲府連隊。昭和十七年 池「㮶杖ーッ、㮶杖ーッ」 回答者・楢島利雄(東京都在住)
   単行本342頁14行め~343頁10行め、文庫版385頁15行め~386頁13行め
〔5〕和歌山県、和歌山歩兵第六十一連隊。昭和十年頃 兵舎の便所で首つり「袴くれ、袴くれ」 話者・古兵殿。回答者・中津芳太郎和歌山県在住)
   単行本343頁11~16行め、文庫版386頁14行め~387頁3行め
〔6〕香川県善通寺工兵隊。昭和四年頃 下り柳で首つり自殺「銃くれ」 回答者・石川重平徳島県在住)
   単行本343頁17行め~344頁9行め、文庫版387頁4~14行め
〔7〕香川県、丸亀か善通寺の兵営。昭和十六年頃 自殺「銃を返せ、銃を返せ」 話者・若いお手伝いさん。回答者・西山令子徳島県在住)
   単行本344頁10~15行め、文庫版なし。
〔8〕○場所不名*4。昭和十七年頃 古池「銃かえしてくれ」 回答者・塚原亮一(東京都在住)
   単行本344頁16行め~345頁4行め、文庫版なし。
〔9〕○場所不明。首つり「㮶杖、㮶杖」 回答者・田代三郎(埼玉県在住)
   単行本345頁5~7行め、文庫版なし。
 この項の見出しの前半は「銃を返せ」と言っている〔7〕そして〔8〕を文庫版は削除したのですから、ここは残した〔6〕に合わせて「銃くれ」に改めるべきでした。いえ、どうして〔7〕〔8〕〔9〕の3話、削除してしまったのでしょうか?
 本書刊行当時、防衛事務次官(1985.6.25~1987.6.23)だった矢崎新二(1931.9.28生)と云う官僚がおり、この人物が〔2〕の「回答」しているとすれば面白いのですけれども、さてどうでしょうか。〔8〕塚原亮一(1920.5.15~1993.4.24)は児童文学者・翻訳家。〔5〕中津芳太郎は歌集の他、本書と同年に『紀州日高地方の民話』を刊行しています。〔6〕石川重平は徳島県郷土史家。〔4〕楢島利雄は日本文学協会に所属していた教育者のようです。
 なくしたものは銃〔6〕〔7〕〔8〕3例、㮶杖〔2〕〔4〕〔9〕3例、飯盒〔1〕〔3〕2例、袴〔5〕1例で、自殺の方法は身投げが5例(池4例・井戸1例)首吊りが3例、不明が1例です。しかし、装備の紛失から直ちに自殺に至ると云う流れと、そのなくしたものを連呼すると云う怪異の内容は共通しています。従って、これらの話は同根の話の variation と見て誤らないでしょう。
 白根山で行軍中であれば、確かに丸山政也・一銀海生『長野の怖い話 亡霊たちは善光寺に現るが想定しているような、厳しい処罰に加えて「空腹」と云う理由も、考えられなくもないかも知れませんが、しかしやはり問題の所在は別のところにある、と云うべきなのです。(以下続稿)

*1:ルビ「こ」。

*2:こういったケースに関する私見2011年1月26日付「「改版」について」に述べた。

*3:文庫版で「山梨県」と訂正。

*4:原文ママ